異聞・風聞 馬耳東風 (お侍 習作54)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



   おまけ・も一つ


 そんなこんなという好奇の目をそそがれるのへも、いちいち動じたりはしなかろうお人たちだろうけれど。誰かさんのほうは時たま、思い出したように悋気深くなるからややこしく。そんな自分への自己嫌悪にしょげ返る久蔵へ、
「そんなにご心配にならずとも大丈夫ですよ。」
 そりゃあもうもう、つれないことにかけては罰当たりなほどの前科が山盛りなお人ですと、悩めるお年頃の次男坊を、気をもませる勘兵衛様の方がお悪いと慰めたのが。先の大戦の間のずっと、手のかかる上官に泣かされ通しだった元副官こと、シチロージおっ母様。
「戦さの後もあちこち放浪しながら、娘さんの純情を振り払いの、いい年増からは一夜だけの情けをなんて言い寄られの、していたに違いない。」
 と。しょんもり、細い肩をなお細くしている次男坊を、励ましてんだか更に落ち込ませているもんだか。よく判らない例を実しやかに次々挙げる彼であり、
「…何を観てきたような言いようをしおるか。」
「当たらずしも遠からじなんでしょう?」
 意識はなさってなかったとはいえ、罪作りにもどれほどのこと、女たらし男たらしだったかは、よっく存じ上げておりますゆえに。この手の話で威圧かけられたって怯みはしませんと、覆いかぶせるように言い返せるところが、さすがは古女房殿。見てきたような嘘だというなら、こいつはどうですと持ち出されたのが、
「戦さの最中でも慰労会なんてものがあって、歌手の方とか芸人さんが前線近い部隊を訪ねて来たりもしましてね。」
 勿論のこと、間違いなんてものがあっちゃあいけないが、それでもみんなしてワイワイと胸躍らせてステージに見ほれての盛り上がる中、
「このお人と来たら。若くて小奇麗な歌い手さんよりも、その付き人の、ちょいと小粋な女傑の、うなじの綺麗な後姿なんかの方に関心があったらしくって。」
 …そんな昔からむっつりだったんですね、勘兵衛様。
(苦笑) 
「そんなにも古い話を持ち出してなんだというのだ。」
「ですから。ほんに枯れていなさる訳じゃあないから、話がややこしくなるんじゃありませぬかと言っているのですよ。」
 こんな初心なお人を困らせてどうしますか…などと、つけつけと意見するのを聞いていて、
「…ふ〜ん。」
 思わず斜
(ハス)に構える新妻だったりし。
「おや、何か心当たりでも?」
 いい機会だ、言ってごらんなさいと七郎次が水を向ければ、
「風呂上りなんぞに暑い暑いと片肌脱いでいても涼しい顔して笑っておるものな。」
 相変わらず主語が抜ける人ですが、久蔵殿が、ですね。でもま、
「それは…。」
 ねぇ?
(苦笑)
「元々色気なぞないこやつに、いかにも勇ましく振る舞われてはの。」
 たとえ諸肌全部脱がれていても、そりゃあお元気に暑い暑いと騒がれては。これこれはしたないと思うか、微笑ましいとしか見えぬものぞ。ははぁ、まあ確かに。若者の壮健なやんちゃぶりはあっさりと想像も出来るので、主従が気を合わせて苦笑するものの。

  ――― でも…そう、例えば。

 いつものあの真っ赤ないでたちのまま。特に何か構えることもなくのぼんやりと、横ずわりでいたりすると。ちらり乱れた裳裾や、あの深々と裂かれた膝上からの切れ込みから覗く、かあいらしいお膝やすんなりした御々脚に。ついつい視線がいってしまう御主であるのは、否めないのではなかろうか。何時の間にか間近ににじり寄っていて、他愛ないことを話しつつ、後ろからのそぉっと。ほそっこい腰なんぞを両腕
(かいな)の輪の中へ取り込んでおられたりして?

 「なんで知っておるのだ? シチ。」
 「…ははぁ、やはりそうなんですか。」
 「……………。」


  お後がよろしいようで。
(苦笑)




戻る